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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)2725号 判決

控訴人

亡西野完吉訴訟承継人

西野スエ

控訴人

亡西野完吉訴訟承継人

西野良雄

控訴人

亡西野完吉訴訟承継人

西野操

右三名訴訟代理人

高橋伸二

外一名

控訴人

亡西野完吉訴訟承継人

西野照雄

被控訴人

株式会社橋本商店

右代表者

橋本武夫

右訴訟代理人

穂積始

主文

原判決を次のように変更する。

控訴人西野照雄は被控訴人に対し金七万一、一八四円及びこれに対する昭和四九年八月二三日から支払済みまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

被控訴人の控訴人西野スエ、同西野良雄、同西野操に対する請求及び控訴人西野照雄に対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人と控訴人西野照雄との間に生じた部分はこれを二分しその一を被控訴人の負担としその余は控訴人西野照雄の負担とし、被控訴人とその余の控訴人らとの間に生じた部分の被控訴人の負担とする。

この判決は、被控訴人勝訴部分にかぎり、仮りに執行することができる。

事実《省略》

理由

一被控訴人が砂利等販売業者であることは当事者間に争いがなく、西野完吉が昭和五〇年六月一四日死亡し控訴人西野スエは配偶者として、控訴人西野良雄、同西野操、同西野照雄は直系卑属とし相続分の割合に応じて西野完吉の権利義務を承継したとの被控訴人主張事実については、被控訴人と控訴人西野照雄を除くその余の控訴人らとの間では争いがなく、被控訴人と控訴人西野照雄との間では控訴人西野照雄において明らかに争わないのでこれを自白したものと看做すべきところ、〈証拠〉によると、控訴人西野照雄は西野完吉の非嫡出子であることが認められるので、控訴人西野照雄の相続分は控訴人西野良雄、同西野操の相続分の二分の一となる。

二被控訴人は、西野完吉に対し被控訴人主張のように砂利及び砂を売り渡した、と主張するところ、〈証拠〉にはその文書の名宛人として「西野砂利」との記載があるけれども、これが記載をもつて直ちにその主張の砂利及び砂が西野完吉において買い受けたことを認めるに足る証拠とすることはできないし、〈証拠〉中被控訴人主張の砂利及び砂を西野完吉に対しその子で完吉の砂利採取業を手伝つている控訴人西野照雄を通じて売り渡したとの部分があるけれども、後記認定説示のように控訴人西野照雄は西野完吉の意思に基づかないで勝手に西野完吉を代理して右砂利及び砂を買い受けたものであるから、これをもつて、被控訴人主張の砂利及び砂を西野完吉において買い受けた事実を認めるに足る証拠とすることはできないし、そのほか、被控訴人主張の砂利及び砂を西野完吉において買い受けたことを認めるに足る証拠はなく、かえつて、〈証拠〉をあわせ考えると、西野完吉は当初個人で砂利採取業を営んでいたが、昭和四三年ごろ西野砂利株式会社を設立してその代表者となり、右の営業を法人組織で行なつていたが、昭和四六年ごろ老衰のため同事業に直接関与することができなくなり、その子である控訴人西野操、同西野良雄がその事業を手伝つてきたが、昭和四七年ごろにいたり、同事業を廃止し、西野完吉は同年九月ごろより心臓端息兼慢性心不全のため加療を続け、昭和四九年ごろにはほとんど寝たきりの状態となつていたこと、控訴人西野照雄は西野完吉の婚外子で昭和四六年ごろすでに西野完吉とは居をともにしないで、郡馬県渋川市内に間借りし単独でトラツクを所有して砂利の販売及び運搬の業務を行なつていたこと、被控訴人はかつて、昭和四六、七年ごろ西野完吉と取引をしたことがあつたが、昭和四九年一月上旬ごろ、控訴人西野照雄が西野完吉から何らの権限が与えられていないのに被控訴会社を訪れ、その代表者に対し、「父完吉のやつている砂利採取業を手伝つているが、砂利、砂を売つてほしい。父が代金を払う。」と申し入れたので、同代表者が「原石がないので、ただでは売れない。」と答えると、控訴人西野照雄は、「親父が原石を被控訴人に廻わしてもよいと言つているから是非売つてもらいたい。」とさらに懇願し、右代表者の面前で被控訴会社事務所の電話を使用して恰も西野完吉に直接通話し右の了解をえたように装つたので、その代表者は控訴人西野照雄が西野完吉を代理して砂利、砂の売買を申込みをしたものと誤信し原石が入つた場合には原石の価格と砂利及び砂の代金とを相殺するが、原石が入らない場合には販売した月の分を翌月末に現金で支払う旨を控訴人西野照雄と約し、同年二月七日から同月二九日までの間、砂利172.2立方メートル(単価一八〇〇円、合計三〇万九九六〇円)及び砂124.4立方メートル(単価一八〇〇円、合計二二万三九二〇円)代金総額五三万三八八〇円を、控訴人西野照雄を通じて、売り渡したこと、被控訴会社代表者は右控訴人西野照雄の言を信じて、西野完吉に対し、控訴人西野照雄に砂利、砂を引き渡した後に、請求書に伝標を添えて送付し、右代金の支払いを請求したが、原石は入らず、請求にかかる代金の支払いもなかつたので、西野完吉方に赴き請求をしたところ、同人は病床に臥しており、同人の妻控訴人西野スエから「取引は照雄が勝手にやつたもので自分の承知するところではない。照雄と話し合つてもらいたい。」といわれ、照雄が独断で取引をしたことを知り、控訴人照雄に対し「原石を入れてくれないなら、早く代金を決済してもらいたい。」と申し入れたことが認められ、〈証拠〉中には、被控訴会社代表者が西野完吉方に右砂利及び砂の代金を請求に赴いた際に、西野完吉の妻から「西野完吉は病気だから息子と相談してくれ。」とあえて西野完吉が被控訴人主張の本件取引に関係したことを否定しなかつたとする部分があるけれども、前掲各証拠に照らして措信できないし、そのほか右の認定を覆えし、被控訴人主張の砂利及び砂を西野完吉において買い受けた事実を認める証拠はない。右の事実によると、被控訴人主張の本件砂利及び砂に関する取引は控訴人西野照雄が西野完吉の代理人として契約したが控訴人西野照雄には西野完吉を代理して右の取引をする権限がなかつた(なお、いわゆる表見代理が成立する基礎となるべき基本代理権もなかつた。)ものと認められ、したがつて、西野完吉は被控訴人に対しその主張の砂利及び砂の代金支払債務を負担しなかつたものであるから、これが代金支払債務の発生したことを原因とする被控訴人の主張は理由がない。

三しかしながら、前記認定事実によると、控訴人西野照雄は被控訴人主張の本件砂利及び砂の取引契約においては西野完吉の無権代理人であるところ、無権代理人が本人を相続し本人と代理人との資格が同一に帰するにいたつた以上本人自ら法律行為をしたのと同様の法律上の地位を生じたものと解するのが相当である(大審院昭和二年三月二二日判決大審院民事判例集六巻一〇六頁参照。)し、また本人を相続した無権代理人において相手方に対し無権代理行為の追認を拒否すべき立場にはない(大審院昭和一七年二月二五日判決大審院民事判例集二一巻一六四頁参照。)と解すべきであつて、この理は相続が共同相続による場合にも同様に解すべきであるから、被控訴人において本件取引の無権代理人である控訴人西野照雄に対しその本人である西野完吉に生じたとする債務の履行を請求する以上控訴人西野照雄においてその履行を拒否することはできないものというべく、他方被控訴人の本訴請求原因として西野完吉との取引が代理人によつて行なわれたこと、また控訴人らの主張として被控訴人主張の本件取引が控訴人西野照雄の無権代理行為によつてなされたものであることにつき具体的に主張がないけれども、契約が代理人によつて締結されたかどうかは請求原因として必らず主張しなければならないものでなく、その代理人によつて行なわれたとの主張は当事者間に契約が成立した事実を具体的に明らかにするための請求を理由づける具体的事実の主張にすぎないというべきである。ただこの場合具体的に代理人によつたことの主張がないのに、代理人によつて契約を締結したと認定判示することは、この点に関する訴訟資料が何等顕出されていない場合には訴訟当事者に不意打ちを与えるものとして弁論主義に違反し許されないところであるが、本件においては前示被控訴人代表者の尋問の結果中に同人に対し控訴人西野照雄が西野完吉の代理人として本件契約を締結するものであると申し向けた旨の供述があつてすでにこの点に関する訴訟上の資料が顕出されているのであるから本訴において本件契約が無権代理人である控訴人西野照雄によつて締結されたものであるとしても当事者に不意打ちを与えるものではなく弁論主義に反しない。また本人と契約したがその本人の死亡によつて相続人にその契約上の義務の履行を請求する者に対し相続人が本人の代理人として契約したが無権代理人であつたことが認められる場合においてもその事情の主張のなかつたことを理由にこれに対する請求を拒否すべきものと解することは本件既判力の客観的範囲に包含されるべき事実関係につき判断をせず、その結果右の事情を理由とする請求を既判力によつてはばむこととなるので、本件の場合においては、無権代理人である控訴人西野照雄につきその相続分の範囲で本人である西野完吉に対する債務負担を拒否できないものとして被控訴人主張の本件砂利及び砂の代金の支払義務があるものとしなければならない。

四右によると、控訴人西野照雄は被控訴人に対し金七万一、一八四円並びにこれに対する売買代金支払期日の後であつて本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四九年八月二三日から支払済みまで商法所定の法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

五したがつて、原判決中控訴人西野照雄を除くその余の控訴人らに支払を命じた結果となる部分及び控訴人西野照雄に対し右の範囲を超えて支払を命じた結果となる部分は不当として取消しを免がれず、右の範囲の同控訴人らの控訴は理由があるけれども、控訴人西野照雄の前記支払義務を負担させた結果となる部分は相当であつてこの部分に関する同控訴人の控訴は理由ない。

よつて、被控訴人の訴訟承継に基づく請求の趣旨の変更に応じて原判決を変更し、被控訴人西野照雄に対する請求を右の限度において認容し、その余の控訴人らに対する請求及び控訴人西野照雄に対する右の限度を超えた請求を失当として棄却し、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人と控訴人西野照雄を除く控訴人らとの間に生じた費用は敗訴の当事者に負担させ、被控訴人と控訴人西野照雄との間に生じた費用については当事者双方の勝敗の割合を勘案してこれが負担を定め、なお、申立てにより、被控訴人勝訴部分にかぎり仮執行の宣言を付するのを相当と認めて、主文のように判決する。

(菅野啓蔵 舘忠彦 安井章)

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